大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1910号 決定 1994年7月27日
債権者
永吉國昭
債権者代理人弁護士
富永俊造
債務者
西井運送株式会社
右代表者代表取締役
清水郁子
債務者代理人弁護士
秀平吉朗
同
亀井正貴
同
山崎武徳
主文
一 債権者が、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者が債権者に対し、平成六年七月末日以後本案判決言渡しに至るまで毎月末日に金二三九、六四四円を仮に支払え。
三 債務者が債権者に対し、平成六年七月六日になした自宅待機を命じる旨の意思表示は仮に停止する。
四 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一前提たる事実について
疎明資料と争いのない事実および審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
一 債務者は、一般区域貨物自動車運送事業を営んでおり、債権者は、平成四年八月に自動車運転手として債務者に雇用され、輸送課に配属されてトラック運転業務に従事していたが、平成五年一一月頃に運送コースが変更され、それに伴い勤務時間も夕方から翌日早朝までのいわゆる夜間型の勤務になったことから、身体の不調を理由に現場勤務を希望したところ、債務者もこれを了承して、以後荷受け作業等の業務に従事することとなった。
二 しかし債権者は、運転業務の場合に比べて手取賃金が減ったので、債務者に対し賃金の増額を希望したところ、債務者は、平成六年二月一六日、債権者をフリードライバー対応現場作業員とする旨を命じ、債権者もこれを了承して、日常は現場作業員として荷受け等の現場作業に従事し、不定期の臨時便等があるときにはその運送業務に従事することとなり、実際にも平成六年五月に運送業務に従事しており、給与も乗務に関する手当が含まれており、平成六年三月から同年六月の四ケ月間の一ケ月平均手取賃金額は金二三九、六四四円で、債権者はこれを唯一の収入として、妻と別居している子供二名を扶養しており他に収入もない。
三 平成六年五月下旬頃、債務者らの従業員で構成している親睦会が、債務者に対し業務や人員配置等の改善等の要求をしていたが、債務者が回答をしないままになっていたので、債権者が中心となり、労働組合である全日本港湾労働組合関西地方阪神支部西井運送分会を結成し、債権者が副分会長に就任した。
四 右業務改善要求の交渉過程にある平成六年六月一〇日に債権(ママ)者の吉本配車係長が債務(ママ)者に対し、名古屋行き四トントラックの乗務を命じたので、債権者が「現場作業になれてきたので、乗れない」と答えてこれを断ったところ、債務者はその一〇分後に本社事務所に債権者を呼びだし、債務者側は荒木部長、長野次長、勝輸送課長らが立会いのうえ、「社長辞令、本日付けで自動車の乗務を命ずる。」と口頭で言渡し、「乗らないときは解雇する。」と発言し、これに対し債権者がこれを拒否して、「不当解雇で組合に訴える。」と発言する等のやり取りをした後、債務者は債権者に対し、懲戒解雇をする旨の解雇通知文書(<証拠略>)を読み上げ、その書面を交付し、かつ平成六年六月分の給与を交付した。
右解雇通知書に記載された懲戒事由は、就業規則第三〇条(一)、および第三二条(一)、賞罰規程一四条(一五)(一六)違反したというものである。
しかし債務者は労働基準法第二〇条第一項、第三項に定める解雇予告支払い除外手続きはしていない。
五 債権者は同月一三日組合員らとともに債務者に対し、前記組合結成の通知をしたところ、債務者は同月一五日に債務(ママ)者の銀行口座に解雇予告手当てとして約金四一万円を振り込んだ。しかし債権者はこの受領を拒絶し同月一八日に債務者に右金員を返還した。
六 債務者の就業規則(<証拠略>)第七五条では制裁は別に定める賞罰規程(<証拠略>)によること、賞罰規程第一七条では懲戒解雇は同第一四条第一号ないし第六号に該当する行為に対して行うこと、同第一六条では懲罰事案が発生したときは、懲罰委員会が原因調査を行うこと、同第三条では制裁は社員五名からなる賞罰委員会の五分の四の賛成によることが、各々定められている。
七 しかし債務者は前記懲戒解雇の意思表示をする前に、懲罰委員会の調査も行わず、又賞罰委員会も開催していない。
八 債務者は、債権者が本件仮処分申立をした後の本年七月六日付で、債権者に対して、前記懲戒解雇の意思表示を撤回すること、就業拒否問題について事実調査と処分を検討中であることを理由に同年七月一日から処分決定までの間、自宅待機を命じる旨を記載した書面(<証拠略>)を送付し、かつ債務(ママ)者の就労を認めていない。
第二当裁判所の判断
一 懲戒解雇の効力について
1 債務者は右懲戒解雇の意思表示を撤回しているが、意思表示の撤回は、当該意思表示が相手方に到達する前にのみ認められ、その意思表示が相手方に到達し当事者に権利義務が発生した後は、撤回は認められないものであること、債務者はその意思表示の撤回に応じた国民健康保険等の資格喪失届けの撤回手続きをせず、又撤回と同時に自宅待機を命じて原職復帰を認めていないこと、債権者も本件仮処分の申立を維持して、この意思表示の効力を争っていることからすると、債権者の雇用契約上の地位の確認を求める訴訟上の利益を認めることができる。
2 債務者が、本件懲戒解雇の理由として挙げる、就業規則第三〇条(一)および第三二条(一)、賞罰規程第一四条(一五)(一六)に違反する行為は、そもそも形式上も懲戒解雇事由である債務者の賞罰規程第一四条第一号ないし第六号に該当せず、又債務者は本件解雇の言渡しに際し、賞罰規定に定める懲罰委員会の調査も行わず、さらに賞罰委員会の開催も処分に関する決議も行っておらず、債務者自らが定めた手続きに違反しているものであることからすると、本件懲戒解雇の意思表示は、権利の濫用であり、無効である。
三(ママ) 自宅待機命令の効力について
1 債権者は、本件自宅待機命令は、債務者の就業規則第二〇条に定める自宅待機の要件に該当しないのに不利益を課するものであると主張し、債務者は、本件自宅待機命令は就業規則第二〇条によるものでなく、使用者としての指揮命令の一種として命じたものであるから債権者に不利益なものでなく、又従業員である債権者には就労請求権がないから、自宅待機命令の意思表示の停止を求める権利はないと主張をする。
2 一般に労働者は、就労することに特別の利益がありそれについて使用者もこれを了知している場合や、就業規則に特別の定めがある場合を除き、就労請求権を有しないが、しかし本来使用者は雇用確保のために雇用契約をするものであり、自宅待機は就労を拒否することにより事実上も労働者に対し不利益を与えるものこと(ママ)もあるから、自宅待機命令は合理的な必要あ(ママ)り、その必要性と対比して相当の不利益を与えない場合にのみ認められるべきものである。
債務者は、就業規則第二〇条で、待命として、従業員の勤務能力、勤務成績の著しい低下、勤務状態等につき得意先から年三回以上の苦情がある場合、年三回以上の服務規律違反をして改めない場合(同条第一項)、会社事業の縮小等の経営上の必要な場合(同条第二項)には、自宅待機を命じることができると定めていることが認められるが、これは前記考えに基づくものといえる。
又債務者の賞罰規程第一六条二項で、出勤停止以上の処分に該当することが明白であるときは、処分決定前においても、就業を停止させ自宅で謹慎することを命じることができると定めている。
3 債務者は本件自宅待機につき、就業拒否問題について事実調査と処分を検討中であることを理由に自宅待機を命じる旨を明確に表示していること、懲戒解雇処分の後のその撤回と同時に決定されていることからすると、本件自宅待機が、指揮命令の一種であるとしても、他の従業員等第三者をして、前記賞罰規程第一六条第二項に基づく自宅謹慎と同様の性質の制裁処分前の措置として行ったものと理解ざれるおそれがあり、債権者にとって事実上も制裁処分と同等の不利益を受けるものであると認められるから、債権者がこの意思表示の無効を確認する訴訟上の利益を認めることができる。
4 ところで債務者は、本件自宅待機命令の理由として、債権者が複数の日に債務者の指揮命令に反して自動車乗務命令を拒否したと主張をするが、右事由は本件懲戒解雇事由と同一事由とそれ以前に発生した事由であり、同種の指揮命令違反を内容としていること、債務者は右懲戒解雇処分を撤回する旨の意思を表示していることや、債権者の審尋の結果等からすると、その指揮命令の存在自体が認められるか否かも問題があると認められるところ、債務者はその指揮命令とその違反行為の存在について何らの疎明もしないものであるから、本件自宅待機命令はそもそも、賞罰規定第一六条第二項に定める自宅謹慎命令の要件に該当すると認めることができず、第二〇条第二項に定める経営上の必要ある場合に該当するとしても、その疎明がないことになる。
又債務者は前記のとおり就業規則第二〇条において自宅待機を命じる場合を限定しているものであるが、本件自宅待機命令は右規則第二〇条第一項の要件に該当しないものであり(債務者も右規定に基づくものでないことを認めている。)、債務者は他に自宅待機命令を命じるべき合理的理由の存在について、主張も疎明もしないことからすると、本件自宅待機命令はいわゆる待命としての自宅待機であるとは認められず、右不利益処分と一応認められる。
そうすると本件自宅待機命令は何らの根拠も理由もないこととなり、権利の濫用であり、無効である。
第三結論
以上の事情を総合すると、債権者主張の不当労働行為に該当するか否かを判断するまでもなく、債務者の懲戒解雇および自宅待機命令は無効であり、債権者の申立は相当であるから、これを認容することとし、債権者の生活状況を考慮して担保を立てさせないこととし、主文のとおり決定する。
(尚本決定の判断の基準の日は平成六年七月一八日である。)
(裁判官 松山文彦)